「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井 紀子

「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井 紀子

良い意味でタイトルから想定していた内容と違った。 

 

著者は、国立情報学研究所教授を務める。

大受験合格を目指すAIを開発中の研究者である。

 

全国25000人の学生を対象にした研究でたいへん興味深い発見をしている。

・中学校卒業する段階で、3割が日本語の読解をできていない。

・学力中位の高校でも、50%が読解できていない。

・国立の極一部の上位校以外は、読解力が十分でない。

・読解力と通塾、スマホ使用、科目の不得意は相関しない。

 

 

そんな中、著者は以下のように感じることがあると述べている。

現代の社会の中で上手く生きて行くには、場の空気を読むことは非常に大切で、

論理的に正しいことを主張しすぎると、窮地に立たされることが多い。

 

これは、個人的に非常に共感できる。

女性が多い職場で普段働いている。

人は理論ではなく感情の生き物だと、斎藤ひとりさんも言っているが、

女性はその傾向が強いと感じることが多い。

加えて、日本語が理解できない人が30%程度いるとすると、

論理的に話をしても通らず、逆に窮地にたたされる。

 

例えると、空腹で仕方のないときに、隣で食事をしている猿に理由を説明して、

いくらか食料を分けてもらうようなものだ。

どれだけ論理的にお願いしても、手を出した瞬間に攻撃される。

 

言葉の通じない相手にどうやって取り入るか、考えさせられる。

 

著者は、文部科学省がすすめるアクティブ・ラーニングにも疑問を投げかける。

アクティブ・ラーニングは、学生が積極的・自発的に物事を学ぶことを意味する。

しかし、自分で教科書などを読解して学習できる中学生は、少なくとも公立校にはおらず、ごく限られた進学校にしかいない。

読解力のある中央省庁の役人が、現場のことを理解せずに進めるが故の誤りと指摘する。

 

また、最近の「シンギュラリティ」「AIに完全に仕事を取られる」などに対して、数十年は起こらないとしている。

なぜなら、AIは文章の意味を未だ理解するに至っていないからだ。

AIはビックデータから、ある言葉と相関のある言葉を推測することができるに過ぎない。

例えば、「岡山(県)と広島へ行った。」と「岡山(君)と広島へ行った。」との違いを区別できない。

深い意味での読解力はないのである。

 

AIに仕事を奪われないためには、深い読解力を持てばよいのである。

しかし、先述の読解力のない人達は・・・。

AIの前に優位性を保てないのかもしれない。